連載「あかるいところ」

     
 
アフリカの話
SIGNATURE 2004/1&2 No.468
 
     
 
     
 

 アフリカのケニアは、その土地の多くを赤道直下に有している場所である。赤道に近いということは、この星で太陽にもっとも近いということでもある。当然のことながら、そこにおける光は日本のそれの比ではない。
  しかも明らかに真上から真っすぐに、純粋度の高い光が降り注いでいる。そんな場所だから、特別なものがたくさんあるのは当然のことだ。
  にもかかわらず、丘の上に立って大きな空の下に拡がる広大なサバンナの光景を眺めると、不思議なことに、印象としてはむしろとても清らかで、具象的なものは何もないようにさえ感じられるのである。
  私はこの地を訪れるたびに、毎朝その丘の上に立つホテルの岩場に8×10のカメラを立てて、暗いうちからそんな空を観続けてきた。夜から朝に変わる瞬間に立ち会うことは、必然的に一日の始まりを意識することにもなる。そしてその空は、すべての始まりと錯覚するほどに毎日姿を変え、サバンナから吹き上げる草の匂いを含んだ風と共に、あたり一面に神聖な空気が立ちこめる。
  写真を始めてから、気が付くといつも私はこのような境目に心奪われてきたような気がする。そういった境目からは、時にこのように光が現れ、陽が沈む。特にアフリカのような広大な大地の中では、雨さえも、それが生まれ近づき消えゆく様を目撃することもできる。いずれにしても、すべての物事は何かと何かが交わる場所から生まれ出ずることは確かなようである。そして何となくではあるが、その場所は常にとてもあかるく、あたたかいと感じることができるのである。



  やがて日が昇り、美しい光の中でゆっくりと夜が明ける。眼下に流れるマラ川も朝日を浴びて鈍色に輝き出す頃、サバンナの中に四駆を駆って乗りだすことにした。特に朝は動物たちがもっとも活動する時間帯である。
  丘の上から望んだ時には一見何もないように思われたサバンナだが、当然のことながらそこには驚くほど多くの動物たち、多くのものが存在している。そうした生命の美しい姿を、先程まで何もないと感じていた世界の中に見つけることは、なんとも不思議な体験である。
  それにしても、さまざまなものを生み出し、次から次へと姿を変える光の作用、その光が染み入る瞬間というのは、いつも美しい。
  サバンナとはスワヒリ語で「旅をする」という意味なのだそうだ。陽が昇り陽が沈む--そのたった一日の光の中を彷徨うこともきっとひとつの旅といえる。そして私はその中であかるいところとあたたかいところを探している。

  ある時、このマサイマラ動物保護区の中にアイザック・ディーネセンの原作でも知られる映画「アフリカの日々」の撮影地にもなった場所を訪れた。その広い草原の中には、一本の印象的な木がひっそりと立っている。一見密やかな存在ではあるのだが、その印象はとても強い。その木が存在することによって生まれる木陰が、そこを何にも増して特別な場所にしていることは確かである。
  しばらくサバンナの中を漂っていると今度は突然の雨。そこで私はひとつのキリンの家族に出会った。通常キリンは、家族単位で群れて移動する習性を持っている。しかしその時は子どものキリンがたったひとり、ちょうど自分サイズの木を見つけて、その下で雨宿りをしていた。
  その時間、その場に存在していたすべての事象が入り交じったこのほほ笑ましい光景を、私は忘れることができない。そして、その冷たい雨の中で不思議とあたたかさを感じていた。

 
 
 
 
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