連載「あかるいところ」
沖縄の話
SIGUNATURE 2004/3 No.469
弥生・三月という月は、こと日本において、何となく春を予感させる特別な季節である。
当初、違う話を書こうと思っていたのだが、急遽来週から仕事で沖縄に行くことになったので、何となく沖縄の話を書くことにした。
そしてこれもまた何となくではあるのだが、この少しだけ気が急ぐ感じが、三月という季節に似ているのかもしれない。沖縄という場所が私にとって、他のどの土地よりも特別な場所であることも、そんな気分を助長しているような気がしている。
八年間、この地で映画「青い魚」の撮影監督を務めた。本職が写真家である私にとって初めての映画撮影であった。当然のことながら、そのロケ地の選定には大いに悩んだものである。何故なら映画の舞台をあくまでも「日常」の中に設定していたから。
しかし、この「朝始まって、朝終わる」一本の映画を撮影しようと試みた時、事実としての日常が存在しているはずの東京のなかでは、どうしても本当の日常を感じる映像を見出し、構築していくことができなかったのである。それでもなお東京にロケ地を探していた。
ある時、そのことを思い悩んでいる私に「菅原さんが言っている感じのところ、那覇の市内にありますよ!」という映画スタッフがいた。そのたった一言を頼りに、私は那覇を訪れた。そんな風にして私と沖縄の関係は始まったのである。
見知らぬ土地ゆえ、当初からそこに明確な日常性を感じていたわけではない。だが今でもそのことははっきりと覚えているが、その強い日差しと共に成立している人びとの暮らしぶりを観て、単純に格好いいと感じた。そしてただひたすらにその初めて観る光景を撮りまくった。
別に特別なことを意識していたわけではないにもかかわらず、東京に戻ってそのフイルムを現像し紙焼きしてみると、不思議なことに、そこには何故か私自身が「懐かしい」と感じる日常が写っていた。何よりもそれらの写真群が単純に美しかったことも手伝って、即座にロケ地を沖縄に決定したのである。
そして、その何となくという予感とときめきと共に映画の撮影が始まり、結果一本の美しい日常の映画が出来上がった。その後写真集まで作ってはみたものの、何故懐かしいと感じることができたのか、その答えは見つからなかったような気がする。
しかし長い時間を経過した今でも、私の意識のなかからその光景は離れない。もちろんその後何度も沖縄を訪れて、自分なりにあの手この手で理由を探ってはみた。その結果少しばかりの理屈は見つけることができたけれど、未だに確信をもって語れる答えは見つからないのである。
それでもこうやって、来週から沖縄に行くと思うだけで心躍るから不思議である。はっきりとした理由はわからないにせよ、単純に居心地が良い場所であることは確かなようである。もしかしたら、そのことが答えといえば答えなのかも知れない。そして今でも、人々は強い日差しのなかで普通に暮らしていて、それが格好良いこととして存在している。そんなところにこそ、本当の意味でのあたたかいところがあるのかも知れないと私は予感している。
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