連載「あかるいところ」
カンボジアの話
SIGUNATURE 2004/8&9 No.474
午前五時三十分。私は漆黒の闇の中で夜明けを待っていた。目の前には確かに大いなるものが存在している。しかしそれは気配のみでかたちを確認することはできない。それにしても暑い。ただじっとこうやって夜明けを待ちながらカメラの前に小一時間いるだけですでに汗だくである。
やがて空が群青色に色づき始めた。するとそこに、朝焼けに混じって紅色の一筋の雲が浮かび上がり、堀の水面が私の目の前に浮かび上がってきた。
その瞬間、背中に朝日を背負いながらシルエットとなったクメールの夢ともいわれる遺跡アンコールワットがそのシンメトリックな姿を現した。もちろん写真で見知ってはいたが、実際のそれは写真から受ける印象とは異なり、古代遺跡というよりはむしろ(もちろんこれも見たことはないのだが)ひとつの大きな宇宙船が現れたかのようであった。そしてそこには、これらのすべての光景をつくり出しているカンボジア独特の光というものが存在している。
私はこの地を訪れると、いつもこの独特の光に魅了される。不思議なことに、その光は何となく普段のそれよりも遠くから射してきているかのような印象を与える。
カンボジアという場所は、平坦ゆえに遮るものも少なく、その分空も広い。当然ながら光も、私たちのもとに届くまでには、高い湿度も含めて様々なものを通り過ぎてくる。あるいはその分少しだけ光の速度も遅いかもしれない。光が遠くから射してくるように感じられるのは、そんなことも理由のひとつかもしれないと想像する。
その光は何となく水分を含みながら、視覚的にも独特の滲みを生み出している。ゆったりとした光の中で生み出される温度も、何となく温もりを持ち合わせているように感じる。
やがてその光が、夜明けと共に世界遺産でもあるアンコールワットを照らし始める。
とにかく大きい。そしてこれが中世に造られたものなのだろうかと疑われるほどに、モダンなスタイルをしている。
その圧倒的な存在感を前に、私の視覚は次から次へと動かされた。
たとえば、シルエットだけが見えていた時にはシンメトリーな印象を与えていた中央祠堂も、実は単純なシンメトリーではない。壁面にはすべて「デバダー」と呼ばれるレリーフが施され、笑顔で踊る人の姿が描かれている。だがこのレリーフもひとつとして同じものはなく、どうやら壁面それぞれが様々なストーリーを持ち合わせているようである。場所によっては、樹木がその壁面を完全に飲み込んでいるものもある。とにかくここに存在するすべての光景は、夢の世界に満ちあふれている。
アンコールワットは、石によって構築された建造物である。それらのパーツは、とても精巧で複雑な造形によって構成されている。当然のことながら、その背景には「クメールの夢」を宗教的に綴った世界があるのだろう。
しかし私がその遺跡の中でずっと感じていたのは「水の中」にいる感じであった。これは恐らく個人的な印象ではないように思う。この遺跡の中に佇む時、誰もが「水の中」にいるような印象をうけるのではないか。そしてその中では、カンボジアの独特の光が、水を、石を、あるいはすべてのものを司っている。
私は中央祠堂の中心に上り、あっという間に天空高く昇った太陽の方向に眼差しを向けてみた。するとその逆光の中で、朝靄がすべてを包み込みながら光を拡散している。驚くことに、そのイメージは水の中から見た太陽の光景にとても似ていた。
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