新年明けましておめでとうございます。
今年最初のイチゴウ日記です。ぼくは今年の年末年始は秋田で過ごした。30日に羽田を発ったのだが、その日東北地方の天気は大荒れだったので、ちょっと心配しながら飛行機は離陸した。途中揺れはしたものの、定刻通りに秋田に無事着陸した。さすがに秋田の夜はかなり冷え込む。「身も引き締まる」とはこのことで、だから北国の魚は美味いのだなどと訳のわからないことが、頭を駆けめぐる?
次の日はすっかり嵐も静まって、いい天気になったので、桜庭のお父さんが、ぼくをあの大規模な埋め立てで有名な大潟村に連れて行ってくれた。途中男鹿半島沿いの日本海を抜けていくのだが、久しぶりに見る冬の日本海は、とかく演歌で形容されることが多いが、幸い天気がよかったことも手伝って、その光景はちっぽけな演歌では括れないほどに神々しく、しかもぼくの目には、はっきりと冷たい北風と共に、光と共に空気の動きがすべて見えた。

光満ち溢れる日本海
不思議とそのことがはっきりと自覚出来ただけで、ぼくは幸福な気持ちになり「やっぱり日本はいいなぁ」と素直に思えた。正月早々に友人の立沢さんは、たまたま「放送大学」で聞いた「生活世界」という言葉に反応して、興味深いメールをもらい僕らなりにいろいろ考えてみたのだが、そういった西洋社会でははっきりと特定出来ない「世の中の間」のようなものが我々の日常の至る所に存在している。そして、ぼくは相変わらず、その境目に目が行っていたりするのである。

大潟村に続く道
大潟村については、もちろん広々としていいところだったのだが、埋め立て地ということもありちょっと複雑な気持ちもあるので、現時点ではっきりとした感想を述べることは出来ない。もう少しよく知ってから大潟村のことは話したいなと思っている。
どちらにしても、今回ぼくは何と!デジカメ以外のカメラを持ってくるのを忘れてしまったのである!(自分でイヤになるほど情けない思いと共にファインピックスで撮りまくった?)まだまだ銀塩カメラは手放せないということのようだ。特にこの景色はモノクロで撮りたい!
桜庭のお母さんが言っていたように「同じ時間は二度と無い」のだが、必ずもう一度訪れることを心に決めて?秋田を後にした。本当にいろいろお世話になりました。
そんなことがあったので、東京に戻ってからも何となく落ち着かないのである。事務所で昨年やり残した仕事をしてはいたのだが、早々に切り上げて、正月の東京は人も少ないし、ここはその分、なかなか出来ない「東京散歩」を寒空の中、決め込むことにした?
そしたら今度は、写真を撮ることで頭がいっぱいでデジカメを忘れてしまった・・・
それにしても寒かった。ブラブラと歩いているうちにぼくの体は芯まで冷えてしまった。何が撮れたというわけではないけど、普段とは違う東京の光景はしっかりと刻み込むことが出来たように思う。
そして何よりの収穫は、この東京の中にも普段は雑踏の中に見過ごしがちな「空気の流れ」が確認出来たことが嬉しかった。
明日からは、沖縄である。そして、あそこもまたりっぱな日本なのである。

快晴の東京タワー