「今日の空」でお知らせしたように先週初めて上海に行って来た。結論からいうと、何もわからなかった?といった方がいいような気がする。少なくとも勝手にぼく自身が思い描いていた「古き良き上海」の世界は、もうこの街で見つけることは難しいのかもしれない。とにかく現在上海はこれらのビル群を見てもわかるように、日本とは比較にならないほどの人間の数と共に「近代化」という大きな波が押し寄せている真っ最中であることは間違いがないようだ。特にぼくが宿泊したホテルは世界一高い(高度が)ホテルであったのだが、その「浦東新区(プードンシンチュー)」という地区はもともと畑だった所で位置関係でいうと東京ではお台場のような所である。そのことも手伝ってか人々の生活であるとか生活感であるとかがまるで見えてこないのである。

左:「GrandHyattShanghai」の雄姿?右:ホテルに隣接するキッチュなデザインで有名な「上海タワー」より望む景色
散歩をしながらある種のいらだちを覚えながらも何とか少しでも中国を、上海を知りたいと思って対岸にも繰り出してはみた。そこでまず最初に驚いたのは「浦東新区」に比べて予想以上に圧倒的に人間の数が多いということである。やはり中国の脅威とは何といってもこの人数である。

左:上海の目抜き通り「南京東路」右:目的不明に群がる「上海駅」前
見てのとおりの観光三昧である?とにかく何処にっても、この人の多さは新宿・渋谷の比ではない。
話変わるが、最近ぼくはこの「観光」ということに大いに着目している。それはもしかしたら、この「観光」=「光を観る」という行為は写真行為の原点のような気がしている。今現在「観光」というとある種イベント化しているところがあるが、本来はそこにある光景を見るということなわけで、それは今現在、ぼく自身が日常の延長線上に存在する光景を追いかけている「写真」そのもののような気がする。そのあたりはまた改めて書くとして、上海である。
この近くて遠い国・中国の光景は、ぼくには今のところまるでそれはただの絵はがきのようにしか見えてこない。これは写真家にとっては悔しいことでもあるのである。せめて目が楽しめればと思うのだがそれさえも不明瞭である。もともとぼくは中国という国は国家としてはもっとも嫌いな国のひとつである。天安門事件にしても、この日記の中でも書いたがカンボジアに行ったときもさんざんポルポトの馬鹿に武器を売るだけ売っておいてあとは知らん顔なわけである。とはいうものの、あれだけ大きな国である。そこの存在する国民の中には当然のことのように優秀な人材が存在するであろうことは容易に想像がつく。ぼくはそこに期待しすぎていたのかもしれない?というよりあまりの数の多さで見えにくいのである。
そして、ぼくが何日か徘徊して感じたことのひとつは「腐った国家には意志の強い国民が育つ。」ということである。それぐらい国家などは無視したレベルでいろいろと「強い」のである。そんなすべてを飲み込むように?ぼく達は「上海蟹」に向かった。

左:秀逸なる小籠包に麻婆豆腐 右:これが噂の上海蟹
辛うじて旬だったこともあり、非常に美味しかった!上海蟹は淡水のしかも泥川の中に生息するらしいが、そんなことをまるで感じさせないそのまろやかな味は、不覚にもこんなところでも中国という国の懐の深さというか大きさを感じてしまった。
冒頭にも書いたように短い滞在ゆえ、表面的なことしかわからなかった。そんなわけで少しもどかしさも残ってはいるが、それはまた訪れる楽しみが増えたということになるのかもしれない?どうらや興味があることは確かなようである。我が国では田中真紀子外相更迭という何とも情けない事態の真っ最中で考えると、それだけで余計な心配も増えては来るが、その分?この近くて遠い国が今後どのように見えてくるのかが自分でも楽しみである。

外灘(わいたん)に向かう船上より望む「外灘」の街並みと「上海タワー」