2000/05/04 「伊東忠太」という人



「伊東忠太」氏設計の築地本願寺

伊東忠太」という建築家を知ってるだろうか?恥ずかしながら僕は知らなかった。
彼の略歴を見てもらえば解るけど、日本の現代建築史において大いなる功績を残した人であることは間違いない。しかし僕を含めた多くの人は彼の存在さえ知らないのが現状である。
僕は先日、勝谷誠彦氏と共にカンボジア・ベトナムと廻ってきたのはこのページ上でも紹介したと思うが、今回、僕の写真集「青い魚」を出版してくれた「写像工房」の小倉一夫氏よりこの話を持ちかけられたときに、僕は久しぶりに興奮した。何故なら、僕自身も見落としていたわけだが、「築地」という東京の日常の空間の中に、それはまるである部分「アンコールワット」のようなアジア的な接点が建築というひとつの媒体を介して存在しているわけで、この場所に「伊東忠太」氏がどのような想いでこの建造物を造ったのか?考えるだけでも心躍る想いがする。
今から、来週の本番の撮影が楽しみである。それと僕はこのことを機会に「伊東忠太」という人が残した足跡を出来るだけ追いかけて撮影してみたいと思っている。そのことによってこのある種悪魔的な「ステューパ」の意味が分かるのではないか?と考えている。

とにかく最近何かと僕の周りはアジアづいている。僕は長い間、常にアジアとしての日本という観点で映像に取り組んできた。何故なら本当の僕たち自身の色彩を、映像を何処かで失い始めているような気がするからである。そのことがどうにも僕の中で合点が行かないのである。
「青い魚」もそんなところから始まった。そして今、今までの蓄積の中で育ってきたものが動き出してきたような気がする。
今月はじめから、「李」という男が韓国から僕を訪ねてきて「何としても助手をやりたい」とのことで仕事を一緒にしている。彼といろいろ話していく中で、僕自身が思い描いている姿を同時に確信している。
とにかくそんなこんなで、忙しい毎日を送っている。
ベトナムから戻ってきてから、京都に「桜」を撮りに行ったり、「広告」の仕事をしたり、「ソトコト」の仕事をしたりと僕にはまるで「ゴールデンウィーク」は存在しそうにない。
良いのか悪いのかは解らないけど、肉体は疲れているけど、どうやら楽しくないわけではなさそうだ。
今、「李」が入って助手が3人になったわけだが、3人合わせても1人前の働きをしてくれないのが、悩みの種でもあったりする。まあ将来に期待するしかないのかもね?


京都「常勝皇寺」のしだれ桜(2000/04/23)

とにかくやっといろんなものがひとつに繋がっていきそうだ。
そして、ただ目の前にあるものをしっかりと見つめていきたいと思っている。
そう言えばここのところ、返事が随分少なくなってきた。面白くなくなってきたのかな?
確かに忙しさにかまけて、何となくこのホームページにまで力が及んでいないのかも知れない。日記のアップも半月ぶりだしね?
それでも頑張って作っていこうと思ってはいるので、僕のことを知っている人、知らない人に限らず、みんなの声が聞きたいです。
きっとみんなも忙しいのかも知れないけど、返事待っています。


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