2000/08/05 「宮川一夫ゆかりの会」出席!?



かの「羅生門」の撮影監督などで、世界的にも著名な「宮川一夫」氏が亡くなられて、ちょうど一年になる。その一周忌に「宮川一夫ゆかりの会」というのが発足された。僕は前にもちょっと書いたと思うが、大阪芸大にて先生が教鞭を執られている時にこっそりと授業を受けて、「溝口健二」「小津安二郎」といった監督の映画を観るようになったわけである。今ではちょっとしたマニア?の領域に達しつつある。僕が「映画」というものに目覚めたのは「宮川一夫」氏の存在をおいて他ならない。とにかく、僕は今でも世界一のキャメラマンだと思っている。生前に改まってお目にかかることは叶わなかったが、ひょんなことから最近、先生のご子息「宮川一郎」氏と親しくしている。そんなこともあって今僕たちは、新しいプロジェクト?(そんな大袈裟なものじゃないか?)を進めている。そのような運命の巡り合わせによって、今回の出席との運びになったわけである。そもそも僕はこのような集まりはどうやら苦手で、本来ならば遠慮させていただくところなのだが、何といっても他でもない「宮川一夫を偲ぶ会」ということで喜んで出席させていただいた。しかし、映画業界の人間ではない僕は、当然知り合いはほとんどいない。その中にひとりポツンといても間が持つわけがない。一郎さんはそうじゃなくてもご子息ということで、お忙しかったことと思う。それにも関わらず、気を遣って戴き、様々の人を紹介して下さった。この場を借りて心よりお礼申し上げます。
 
さて、当日のプログラムはというと、まずは午後1時より「京都文化博物館」にて宮川先生が出演?されている映画が2本上映された。ひとつは、故淀川長治氏と宮川一夫氏の対談映画「映画の天使」。そしてもう1本は宮川一夫氏をあの「ベルリン天使の詩」の撮影監督でもあるアンリ・アルカン氏が訪ねるという、歴史的な瞬間?のドキュメンタリーフイルム。後者はサントリーの故黒沢明氏と子犬が出ているCFの監督としても有名なアーティストの亀井武彦氏が企画、監督を行っている。
「映画の天使」は1989年京都朝日シネマで開催された対話をベースに「羅生門」「雨月物語」!と検証していく。そしてあの「羅生門」も森のシーンに代表される、名ライトマン・岡本健一氏によるインタビューや、篠田正浩監督「舞姫」の現場のドキュメントといった構成で、会場からも笑いが飛び出すほど、楽しく拝見することが出来た。
そして「反射する眼」。これはすごかった。1997年の冬、宮川邸にアンリ・アルカンが訪れたときのドキュメントフイルムである。5代のDVカメラに収められたその決定的な瞬間を(宮川一郎氏もカメラを廻している)亀井武彦氏が「ピラミッドフイルム」と共に実に見事な編集を行っている。そしてそれに絡む音楽が素晴らしかった。このようなドキュメントフイルムを少しばかり弄くる時、下手すると非常に陳腐なものになりがちである。しかし今回は違った。それはこの音楽が、すごくものを言っていて、しかも亀井先生の編集とすごく合っていたのである。音楽は今や現代音楽の巨匠の感すらある井上明氏。そこであの世界的なチェリスト長谷川陽子さんがチェロを高らかに弾いている。それはまるで「ジャクリーヌ・デュプレ」のように。宮川先生と共に「雁の寺」を訪れたアンリ・アルカン氏の嬉しそうな表情が、それを迎えた宮川先生の嬉しそうな笑顔が、今でも頭から離れない。
この2本の映画を観た後に、女優の「藤村志保」さんをはじめとする直接的に宮川先生と関わりがあった人たちの座談会のようなものが行われた。


その座談会の模様

そして、場所を京都ブライトンホテルの「祥雲の間」にて「宮川一夫ゆかりの会」が開催された。


その会場にて挨拶をする、先述の「反射する眼」の監督・亀井武彦氏


左より松山猛氏、宮川一郎氏

それにしても「宮川一夫」氏は改めてすごいキャメラマンだったのだ、と当たり前のことを感じずに入られない。僕もいつまでも今のようなことを続けるわけには行かない、とその想いを新たにした。当日、壇上にも立った「日本撮影監督協会」だか何だか知らないけど、訳の分からないことを言っていたが「あんたらに、任せるわけにはいかない!」
「じゃーお前、何やるの?」と言われると「いろいろ、やる!」としか今は言えない。
それにしても僕は人に恵まれている。と思う。みんな当然、一仕事も二仕事もやって来た先達である。にもかかわらず、僕のような若輩に対しても一緒になって話してくれる。しかも未来のことを。
こんなおじさん達がいるうちはまだまだ日本は大丈夫である。我が「お山の大将」は公の場でも、アロハ来て「ヤクザの阿波踊り」を披露したりしているが、松山氏曰く「最近の日本は、ユーモアが足りない。」からいいのでは?いいのか悪いのかは別にして、 充分にユーモアそのものである。(どうなってるのやら?)
当然のように、僕たちの世代にも、訳の分からない同業者も多々見受けられる。一時は僕もその中で悶々とした。そんなとき、今思えばいつも「雨月物語」をはじめとする「宮川写真」を見ていた。そして日本人としてもかなり勇気付けられたものだ。「宮川一夫」の何がすごいかというと、その時の新しいと言われていることはすべて取り入れている。(日本で最初にハイビジョンカメラを廻したのは氏である。)しかし、どのような方法論をとっても、いつもそこには「本当の日本」があるように思える。しかも格好良いのである。僕も常々、そうありたいと思ってきた。

結局、2次会、3次会、そして最後は一郎さんのホテルの部屋で、お酒が一滴も飲めない僕まで一緒になって盛り上がった。そしてすごく楽しかった。亀井さん、松山さん、一郎さん、本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
この皆さんの期待には、何としても応えたいと思っている。僕にはどの程度の力があるのか知れないけど、きっと宮川先生も時に「写真の神様」「映画の神様」となって力を貸してくれることであろう!
よーし!まずは「雨月物語」だ!
それには、僕は勝手に 「宮沢りえ」ちゃんしかいないと思っている?

先生、力貸して下さいね!?


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