2000/08/20 「松本さん」が死んでしまった。
こうやって「死」という言葉を文字にすると、本当に死んでしまったのだな、と改めて思う。
いみじくも、去る8月15日に「松本治巳」氏がこの世を去った。享年59歳、若すぎる他界である。松本さんとはもう10年以上おつき合いをさせていただいていた。僕が最も尊敬する「インテリアデザイナー」である。
僕は氏と共に、氏が立ち上げた「カサブランカ」というブランドの椅子を撮影し続けて来た。「アートボックス」の阿部さんと共に、僕は本当に多くのことを学ばせてもらった気がする。彼がどれだけ、偉大だったかはこの場で語るより、僕も「写真家」ゆえ、やはり「写真」で表現したいと考えている。何よりも僕は、この場で宣言する。必ずや「松本治巳氏とカサブランカの本を創る!」と。その状況はまた追ってご報告します。
とにかくここ何日か、本当にきつかった。僕はある部分、職人である。どのような精神状態でも「仕事」として受けた以上、最善を尽くすつもりで望んでいる。その「仕事」の中でメソメソしているわけには行かない。
本当に頑張ったと思う。自分で自分を誉めてやりたい。
そんな中で、8月18日、奈良東大寺の大仏殿に於いて、世界的なチェリスト「ヨーヨー・マ」の「演奏奉納」が行われた。僕は雑誌「ソトコト」の取材ということで、撮影をさせてもらった。17日の夜に「リハーサル」をやるというので、僕たちは慌てて、何とか5時東京発の「のぞみ」に飛び乗った。ロケバスの竹内さんに新大阪まで迎えに来てもらって、何とか間に合ったわけである。
夕刻にかなりの量の雨が降った「奈良」は盆地ゆえ、それこそすごい湿気であった。「ヨーヨー・マ」氏もこの湿気にはかなり頭を悩ましていたと聞く。そして大仏殿に入ってビックリしたのは、すごい取材陣なわけである。「自由に撮って下さい」とのことだったので、バスには大型ストロボを準備して乗り込んだわけだが、それどころではない。「毎日放送」がすべてを仕切っている。悪いけど、そんなことは関係ない。何故なら、彼らは「メディア」である。僕は「個人」である。僕としては今回も、「個人対個人」のつもりでやって来たのである。(それでもかなり気は遣ったが)
そして、数々のカメラに囲まれて「リハーサル」が始まった。僕のカメラは「ペンタックス67(通称ドタペン)」、これはブローニサイズの一眼レフカメラゆえに、ミラーが大きい。よって音がやたらとでかい!先述のテレビの人たちにしてみたら、多分たまったものではない?(少しだけスイマセンでした)それにしてもすごい湿気である。演奏する「ヨーヨー・マ」氏はもちろんのこと、撮影している僕の眼鏡もしっかり曇っている。そんなわけで、その曇った眼鏡と汗をフキフキの撮影だったわけだが、撮影をしている途中「ヨーヨー・マ」氏と眼があったような気がした。もしかしたら、この「音」を気にしているのかも?と思ったが、その後、幾分こちらを向きながら、リハーサルとは思えないほどの、白熱した演奏が続いた。そして、取材陣の多くの拍手と共に演奏が終了した。そしたらどうだろう!壇上より彼がニコニコ笑って、こちらの方を向いて手を振っている。最初は誰か知り合いが、僕の後にいるのかと思った?ところが彼が手を振っていた相手は、やはり僕だったのです!本当にビックリした!(多分、周りのテレビの人も?)
僕と「ヨーヨー・マ」氏の出会いは、ちょうど一年前。やはり「ソトコト」の確か創刊5号の表紙及び奈良特集で、場所も同じ「東大寺」で撮影をした。彼はその時の写真をいたく気に入ってくれて、昨年の日本ツアーのパンフレット、そして今年のツアーのパンフレットにも僕の写真を使ってくれている。とはいうものの、あれだけの人である。覚えているとは思わなかった。下に降りてきて、握手を求められ、「Thank you, very much! See you tomorrow!」と来たのである。僕も拙い英語で、今の演奏がいかに素晴らしかったかを伝えた?とにかく嬉しかったのは、言うまでもない。
そして一夜明けて、いよいよ本番である。僕たちは午前中から何とかポートレイトを撮影したいと待機していたが、どうやら楽器の調子が悪いらしい?結局、本番直前までその状況は続いたわけである。そして夕方、バンザイペイントの立沢さん、グルービジョンズの伊藤さん、小池さん、サウンドクリエイトの金野さん、そうである、例のオーディオ仲間が集結した。一般入場が厳しかったため、何とか彼らが中に入れるように小黒さんにも力を貸してもらって、スタッフパスを4枚手に入れた。(フーッ)
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夕暮れの奈良の空と出番を待つ僧侶とヨーヨーマ会場を埋め尽くした人々は総勢500人、しかし何か変である。後で聞いて解ったことだが、今回はお寺ゆえに入場料が取れないということで全員、いわゆるスポンサー関係のご招待なのであった。「演奏奉納」ということで、当の「ヨーヨー・マ」もノーギャラだそうである。よって会場は何となく覇気がない。そんな中で、演奏が始まった。
大仏に向かって演奏する「ヨーヨー・マ」演目はまずは「タン・ドゥン」の「ジャーニー」(世界初演)香港の気鋭の作曲家が今回の「演奏奉納」のために作曲した作品。なかなか良い曲であった。そして、「J.S.バッハ」の「サラバンド(無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011より」、そして最後に「Z.ゴダーイ」の「無伴奏チェロソナタ作品8」といった3曲である。
素晴らしい演奏であった。しかし欲を言えば、毎日放送が仕込んだPAのせいだろうか?スピーカーの音が楽器の音とカブって、生ぬるくなっていたような気がする。そして「ヨーヨー・マ」自身も何となく乗っていなかったような気がした。少なくとも僕には、昨晩のリハーサルの時の演奏の方が「気」が入っていたように覚えた。このお客のせいなのか?それともやはり、楽器の調子が良くなかったのか?はたまた、ただ僕の耳がおかしいのか?ちょっとだけ残念である。それにしてもこの歴史的なイベントに同席できたことを、何よりも幸せに感じている。「ヨーヨー・マ」さん、お疲れさまでした!そして、ありがとうございました!
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演奏後僧侶との挨拶を交わす「ヨーヨー・マ」氏とそれを見守る「大仏様」僕は演奏中、ずっと松本さんのことを考えていた。勝手に「ヨーヨー・マ」が松本さんのために弾いてくれているような気がして、汗に涙が混ざった。実際、僕らが昨年「東大寺」を訪れたときの住職も、先日亡くなっている。「その弔いの意を込めて演奏する」と彼はインタビューで答えていた。
「ソトコト」の編集長の小黒さんは「菅原、ヨーヨー・マとは長い付き合いになりそうだぞ!3年ぐらいかけて本にまとめるか!」と言っていた。僕も願ったり、である。彼が掲げている「シルクロード・プロジェクト」を一冊の本にまとめることは、誰かがやらなくてはいけないことのような気もする。そして同じように、「松本治巳氏とカサブランカ」は僕がやらなくてはいけない仕事のように思える。
松本治巳様、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。