薄暗い光の中では、それが夜の始まりなのか終わりなのか判別できず、徐々に時間の観念を喪失していく。時間という概念について考えさせられる。
記憶に仕舞われた瞬間を表現しようとする試みの過程で、視点は微視に、色彩は平面的になっていく。作品と記憶の狭間に共鳴を感じる。
光と、女性の存在によって生じる影の境界に目を向ける事で、ある女性の日常を表現しようとしている。
色彩を削ぎ落としていくと、全ての色の起源である青に回帰する。青の世界に日常の風景の起源である形を発見する。
同じ時期に同じ材質で製作されていながら、ヴェネツィア・サンマルコ広場の回廊に並んだ柱は、一本一本があたかも人間個人であるかの如くにその個性を主張・表現している。時間による創造の奥深さを感じる。
水の中のガラスは認識できない。しかしながら、ある方向から光を当てると何も無かったところに”形・姿”が生まれ出るのを目の当たりにする。光との相関に於ける造形の起源を表現している。
女性の肉体は、生殖作用を別にしても、様々な創造の原点である。この作品では、“女性の肉体が光、影、幻想等と交わった時に生み出す何か”という意味における“エロティシズム”、そして“宇宙と一体化する時に高まる押さえきれない感情・衝動”という意味においての“エクスタシー”を表現している。
風景の基本要素である水、光、大地を様々な場所(奈良・富士、ノルウェーの滝、アイルランドの平原)でとらえる事により静的・動的共に普遍的な風景に辿りつこうとしている。
全ての色の始まりである青の支配する世界の中で、日常の現実が最も普通に飾りなく表現されている。これ以上削ぎ落とす事の出来ない根本の風景に辿りつく。
最も曖昧な色である赤の世界では、何が現実なのかわからなくなっていく。この花は本物なのか?この女は夢の中の存在なのか?現実と非現実の境界のあやふやさについて考えさせられる。
一日の始まりに、生まれ立ての太陽の光と共に、大地と空と雲が地平線に向かって溶け合っていく様を目撃する。その境界領域に向けられた視線は新しい何かが創造される瞬間をとらえようとしている。
減色された世界で青と共にある時、一人の日本人女性の裸体は飾りの無い真の姿をあらわにする。その美しさはエロティックである事を越えて、普遍的なものになる。
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